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執事の置き手紙

ninoyaという会社で執事業務にいそしむ毎日です。

好きだったブロガーがアフィリエイターになった日

彼のブログはとても繊細でした。

 

日々の細々を、本当に瑣末な出来事を、彼にしか綴れない言語感覚で記していました。

 

僕は時にそのブログを訪れては、まとめて更新を読んでいました。

 

ブログを続けることに意味はあるのか?

ブログを続けて僕は何かが変わるのか?

 

そんな想いを綴る日もありました。

 

願わくば彼に幸せな日常を。けれど、その色彩を伴う豊かな言葉は、彼の日常で、彼の視点だから綴れる言葉にも思えました。

 

そんなある日、彼のブログが日の目を見ました。

 

多くの人が訪れ、彼の言語感覚や、体当たりを厭わない生き方を賞賛していました。

 

良かったな。

そう、素直に思いました。

 

けれど、それから少しずつ彼のブログは変わっていきました。

 

最初は本当に僅かな変化でした。しかし、明らかに言葉の色彩がモノクロなものへと変わっていきました。

 

どう書けばより多くの人の耳目を集められるのか。

 

彼の筆は、その一点へと支配されていきました。

 

あれだけ豊かであった彼の言語感覚も、キャッチーと呼ばれる類のインスタントな言葉へと変わっていきました。

 

やがて、サイドバーに広告が表れ、ヘッダーにも広告が貼られました。

 

広告収入の最適化をうたった記事が囃された翌日、まるでスマートフォンでの誤タッチを狙ったかのような位置に広告が置かれました。サイドバーには日替わりで楽天Amazonのリンクが貼られるようにもなりました。

 

彼のブログから、満たされない想いを綴る記事は見られなくなりました。

 

新しく出会ったブロガーを殊更に賞賛したり、飲食店で神のメニューに出会ったと書いたり、ブログを書いてマネタイズをする意義や、読者への還元について触れるようになりました。

 

そうして、彼のブログは人気ブログへと変わりました。

 

多くの人が彼のブログを訪れ、彼は訪れる訪問者のための記事を書き、ネイティブアドと呼ばれる記事を綴ります。

 

さるブロガーが時代はAdWordsではなく、アフィリエイトだと綴ってしばらく、彼の記事にもしばしばアフィリエイトが見られるようになりました。僕が好きだった過去の記事にも。

 

承認欲求を求め、夜を眠ることにも苦しんでいた彼はもういません。

 

彼は、あれほどに求めていた人気を得ました。

そして、ブログから言葉の色彩が消えました。

 

彼のブログを見るのを止めようと思ったのは、何てことのない言葉です。

 

「僕はぜんぜんアマチュアですから」

 

彼は、日々を言葉に変えて対価を得るプロのアフィリエイターになった。だから、色彩はアマチュアという言葉とともに消えてしまったのだ。

 

まるでインディーズ時代に焦がれたバンドがメジャーデビューして、1枚目のアルバムはまだ好きだったけれど、2枚目はどうしたって好きになれない。

 

そんな、拠り所をなくした僕の勝手。