乳首の色とか涙とか。書評「我がおっぱいに未練なし」
「二村さん、男性陣はどんな乳首が好みなんですか?」
「それは難しい質問ですね。巨乳が好きか、貧乳が好きかという分かりやすい派閥があるわけじゃないんですよね乳首というものは。」
それは僕の会社でよくある雑談のひとつで、だけど面と向かって会話に入ったらなんだかこみ上げてしまうから、さあさあ始めますよって会議へ誘う。
もしも身内ががんになったら。日ごろ誰だってそんな想像はしないだろう。
「今日が人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」スティーブ・ジョブズは毎朝そう鏡に問いかけたらしいけど、僕はそんな死生観とは無縁に生きてた。
がらがらとレンガが崩れるように目の前が真っ暗になる。病の宣告を受けたシーンによくある描写を、2016年10月15日、自ら体感する。
世間で知られる通り川崎貴子は強い人間だ。いや、正確には強くあろうとする姿勢を崩さない人だ。だから、告知を受けて、この一連を「乳がんプロジェクト」と名付けて、そうして万事整えられて僕らは知った。Facebookのグループスレッドで。
そこには3つのことが書かれていた。
・乳がんに罹り全摘手術を行う
・一連を文章にまとめようと思う
・新事業含め公開時期を相談したい
この書籍を一言で述べるなら、それは振る舞いを学ぶ本だろう。重い病に罹ったならもちろん、日ごろ世話になっている人との関係、愛するパートナーや子どもとの営み。
この本には何人かの人物が登場する。それは僕の会社とも関わりが深い人たちだ。
・事業を共にするはぴきゃりの金沢悦子さん、土屋美樹さん
・同じくAV監督の二村ヒトシさん
・なぜか酒場でよく会う日経ビジネスオンラインプロデューサーの柳瀬博一さん
・きっと兄弟子ベランダ株式会社の下出裕典さん
・文才際立つnekohanahime (id:cj3029412)さん
彼女がいかにその関係を大切に紡いでいるのか分かる。病気を打ち明けるのも、アドバイスに耳を傾けるのも簡単なことではない。事態の深刻さを負わせず、繕うような明るさも感じさせず。ここにはそんな人間関係のヒントが詰まっている。
あるいは愛を言葉にすること。ときに僕らは言われないだろうか。「わたしのこと好き?」と。愛情を表現するのはむずかしい。けれど、そんな僕たちに川崎貴子は説く。想いを言葉にする大切さを。
それから僕らは姐さんを正装で見送った。刑期中は禁酒だからたらふく飲んで、出所後どれくらい酒を我慢できるだろうかなんて賭けたりして。結局何日も持たなかったんだけど。
彼女が入院してしばらく。笑っちゃうくらい会社ががたがたしていた。数字の面ではなくメンタルの部分。皆が彼女に負担を掛けないようにと気張るから、無駄にぶつかる。彼女ならどう考えて動くだろうかと仮定を重ねては諍いが増える。
退院してまもない夜。シャバの空気はうまいぜ! と語る彼女と電話で語らう。出来事を語るうちに安堵も相まってえぐえぐと泣く僕をなぐさめる。
「すみません、みんな心配して、だから、それで、本当に心配で……」
「大丈夫だよ。私なんでかぜんぜん死なない気がするんだよね。そうそう家の中もいっしょでさあ。やっぱり私がいないとダメだよね。いい意味でね? あなたはすぐ逆に取るから。」
「でもねえ、ちゃんと回ってるじゃん。私がいたら私がいて当たり前のかたちになるからさ。そういうもんだよ。」
この本は事業を取り巻く回顧録でもある。
僕にもあなたにも希望がある。それは会社を起こしたいとか、愛する人と結ばれたいとか、帰り道あのスーパーで安くなってる5kgのコシヒカリ買って帰りたいとか。
一人じゃままならない。だから社会での立ち居振る舞いを学ぶんだけどこれがどうにも難しい。壁、暗闇、孤独。そんなときはこの本を読むといいんじゃないかな。なんだってプロジェクトに見立てれば少なくとも施策は打てる。
そうそう、本には民間療法の話も出てくる。これも良い悪いの二元論じゃなく事業に見立てようと。専門家にきちんと話を聞いて、ファクトと数字で考えて。最後はどこにベットすべきかの決断。
止まない雨はないとか、明けない夜はないとかさ。そう言われて鼻白んじゃうあなたもきっと笑って読めるから。
正直、身近にいた者として端的に書ける言葉がないのでそれはまた連載が終わった後で。この生き様に勇気づけられる人がどれだけいることか。
— 古越 幸太(執事) (@aatoku) 2017年1月27日
「我がおっぱいに未練なし」女社長・川崎貴子、乳がんになる - ウートピ https://t.co/Sl0AwdhShr